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「AIが書いた?」論争を終わらせる来歴判定
「自分で書いた文章をAI生成だと判定された」という声をよく見かけます。検出の精度を上げても、完成した原稿から人間かAIかを当てるやり方には原理的な限界があります。書いた後に判定するのではなく、書いている過程で証明することで問題は解消されます。
「自分で書いた文章なのに、AIが書いたものだと判定されて困った」。そんな声をよく見かけます。学校の課題で、応募書類で、趣味で小説を書いている人が、身に覚えのない疑いをかけられるのは見たくないものです。
こうした問題を減らそうとすると、話は「AIかどうかを見分ける精度をどう上げるか」に向かいがちです。しかしCoreは、書き上がった文章を判定するのではなく、書いている過程そのものを記録して残す仕組みで、この問題に取り組みます。この記事では、なぜその方向なのか、設計の背景にある考え方を説明します。
完成した原稿だけを見る限界
問題は、この望みを「完成した原稿を受け取って判定する」やり方で満たそうとするところにあります。このやり方には、原理的な限界があります。
その限界を示す研究があります。2023年にスタンフォード大学の研究者らが発表したもので、英語を母語としない人が書いた英語エッセイ(人間が書いたもの)を7つの市販AI検出器にかけたところ、その61%がAI製だと誤判定されました。ある検出器では、その割合が約98%に達しました。一方、英語を母語とする書き手のエッセイでは、誤判定は5%ほどでした。
また、もし人間がAIから文章を学ぶようになったらどうなるでしょうか?AIから学び、AIと同じような文章を人間が書いたら、出来上がったテキストだけを見て両者を確実に区別することはできません。統計的な検出は、文体や語彙のかたよりから確率で当てにいく手法であり、完成品しか手がかりがない以上、原理的に判定が不可能な事態は必ず存在します。
本当に人が書くとき、何が残るか
そこで、見る対象を変える必要があります。成果物ではなく、過程を見るのです。
同じ一文でも、それが一気に貼り付けられたのか、何度も書き直され、途中で削られ、時間をかけて出来上がってきたのかは、書いている最中にしか残らない情報です。完成したテキストでは、この違いを見ることができません。書いていく過程を記録して、初めて残るものです。
この来歴を残せるのは、まさに執筆に使ったツールだけです。文章を書いた道具が「これは人間が書いた」と示すのは、後から完成品を鑑定するよりも理にかなっています。
想定される問題
来歴を活用する手法には、いくつかの反論が予想されます。
一つめは、来歴の記録や人が書いたことを示す証明書が改竄されるのではないか、という反論です。これは署名やタイムスタンプといった執筆ツールの機能によって防ぐことが可能です。
二つめは、AIが出力した文章を人間が書き写せば、人間らしい来歴を装えるのではないか、という反論です。しかし、ただ書き写すだけの入力と、自分で考えて書く過程は、残る痕跡が違います。書き写しはほぼ直線的に進みますが、自分で書けば、途中での書き直しや削除、行きつ戻りつが必ず残ります。来歴はこの差を見て判定することができます。ここが、完成品だけを見る判定との決定的な違いです。
来歴を、書くことの一部に
「人が書いたのか?AIが書いたのか?」を巡る現在の混乱は、すでに書かれた文章を判定しようとしていることが問題なのです。
もし執筆の来歴を残すことが、執筆ツールのごく当たり前の機能となれば、このような問題は消えてなくなります。もし疑問に思ったら、来歴を確認すれば済みます。
AIが書いたかを当てにいくのをやめて、自分が書いたことを自分で残せるようにする。Coreでは、この考えを執筆の来歴を残す仕組みという形で、アプリにしています。